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会津の三泣き&長州の破壊的エネルギー

先週、2日ほど休みを取り、第二の故郷・会津へ行き、中学時代からの親友に会ってきました。僕は小5の10月から中3の12月まで父の転勤に伴い、この地で過ごしました。都会の受験戦争とは無縁の無邪気な4年間を過ごせたのは大きかったなと思います(中3の12月に東京に転校して、いきなり激しい戦争に巻き込まれ、辛うじて引っかかった1校を除き無残にも5校以上落ちたときはショックでしたが)。

さて、会津には知る人ぞ知る“会津の三泣き”という言葉があります。初めてこの地に来た人は会津人のとっつきにくさにまず一泣き、やがて会津に受け入れられるとあたたかな心に二泣き、そして会津を去るときはその情け深さに離れがたく三泣きするというもの。

僕はまさにそれを体験しました。関西から転校してきたよそ者に対して、学校に行くと「ここはおめぇのような都会の人間が来るとこじゃね。帰れ」とランドセルごと門の外に放り出されました。ところが時が経ち会津弁も覚え、受け入れられると親しい友達が沢山できました。4年後に東京へ去るときは、これ以上ないくらいの送別イベントで別れを惜しんでくれました。学生服のボタンを一つ残らずちぎられたのはうれしかった!

その土地の気質というか風土というかそのようなものは間違いなくあるのでしょうね。おそらく明治維新のときに、会津藩がひたすら幕臣としての忠義を尽くし、最後の最後までひとり戦い続けたのも、上記のようなことと関係があるようにも思えます(飛躍しすぎ?)。

さて、一方でこのブログのサブタイトルに掲げた「草莽崛起」は、その会津のにっくき敵である長州藩・吉田松陰の言葉です。ある歴史の読み物によれば、会津藩と長州藩の気質は何から何までま逆であり、会津にとって長州という存在は理解を超える革命的な輩だったようです。思いついたら即刻行動し、誰にも止めることのできなかった松陰などはその典型でしょう。

今回の旅行で立ち寄った道の駅にあった本のタイトルに驚きました。「日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト」

実は、僕の中には会津的な義や情を大事にする部分と、長州的な破壊的エネルギーで突飛なことをやらかす部分の両方が同居しているような気がしています。同居と言っても調和的に共存してはいないのが厄介なところです(笑)。ここをどうマネージしていくのかが、自分にとってもう一つのライフワークであるようにも思えます。

●会津・鶴ヶ城の夜景↓

20150807鶴ヶ城夜景
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プロフィール

野口 正明

Author:野口 正明
一人ひとりの想いや行動が、縦横無尽に重なり合うことで、その総和を超える圧倒的なエネルギーや結果が生まれるという“創発”にかかわり続けることがライフワーク。

国内大手食品企業で商品開発、生産管理、人事の仕事を経験後、外資系企業HRマネジャーに転身。2006年より㈱スコラ・コンサルト プロセスデザイナー。

地域コミュニティでも創発を広げるため、自然とアートに恵まれた里山・藤野(神奈川県)へ2013年末移住。特定非営利活動法人ふじの里山くらぶ理事。日本アーツビジネス学会事務局長。

1965年福岡県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科卒業。

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