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“薩長土肥”への旅(完結篇)

9/25~26で遅い夏休みを取り、ひとり長州・萩を訪れました。吉田松陰ら長州の志士の「気」を感じたいと思い立ち、ふらっと出かけた次第です。

萩は思ったよりもすごく小さな街でびっくりしました。この狭い土地から吉田松蔭、高杉晋作、久坂玄瑞、桂小五郎、伊藤博文、山県有朋らの明治を拓いた幕末の烈士たちをどうして生み出せたのだろう?

常識的な説明はいろいろありますが、僕にはあまりしっくりきません。

むしろ僕が直感したのは、この萩という地が50余りの火山の集まり(阿武火山群)であったということです。世界でも萩でしか見られないという安山岩の真っ平らな溶岩台地の島々が、火山の名残を示しています。地下に眠るマグマのエネルギーを魂に刻み込んだ人たちが、あの時代、ここぞとばかりに暴れ回ったんじゃないか。僕の勝手な妄想ですが・・・。

さて、「長州(萩)」を訪れたことで、明治維新を実現された雄藩と言われる“薩長土肥”全ての地を踏んだことになります。

「薩摩(鹿児島)」は2011年5月に屋久島で開催されたワークショップの帰りに一日寄りましたが、萩と同様、小さなエリアの中から西郷隆盛や大久保利通等を輩出したことに驚きました。そう言えばこの地も桜島という現在も燃え続ける火山が生きています。

「土佐(高知)」は2009年1月、龍馬に会いたい一心で訪れました。桂浜から望むでっかい太平洋に沈む夕日の姿は忘れられません。

最後が「肥前」の佐賀。ここは実は僕のルーツで、祖父の祖父(高祖と言うのですね)は佐賀藩の家老・副島一次義光でした。佐賀七賢人の一人江藤新平(初代司法卿)とは同志で、征韓論で破れ佐賀の乱に加わりました。戦いに敗れて江藤は斬首。義光は三百坪の屋敷を没収され佐賀の片隅、早津江へ追われ極貧暮らしを余儀なくされました。

この話は、2004年10月26日朝、祖父が認知症になる少し前、しっかり話すことのできた最後の機会に突然聴かされたものです(祖父はその後2009年、99歳で他界)。義光は祖父に「人の道に反する間違ったことだけはするな。世のため人のために尽くせ」とよく言っていたそうで、祖父はその教えを人生最後の瞬間まで実践しました。

我が母校・早稲田大学の創設者である大隈重信もまた佐賀藩出身であり、僕とこの地の縁はとても深いのです。大学時代、グリークラブの一員として大隈重信の記念イベントに現地に呼ばれ歌ったこともありました。

さてさて話は最初に戻りますが、高杉晋作が、吉田松陰の掲げた「草莽崛起(そうもうくっき)」=志を持った在野の人々こそ日本の変革を担う原動力へ を自分なりに解釈して実践し、騎兵隊を興して(1863年)から今年でちょうど150年。これは藩に属する正規の兵ではなく、身分を問わない自由な立場にいる人々によって自主的に形成された革新的な軍隊組織で、長州藩の躍進につながりました。

今回の旅で彼らの魂に触れ、わが決意を新たにしました。草莽崛起!
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プロフィール

野口 正明

Author:野口 正明
一人ひとりの想いや行動が、縦横無尽に重なり合うことで、その総和を超える圧倒的なエネルギーや結果が生まれるという“創発”にかかわり続けることがライフワーク。

国内大手食品企業で商品開発、生産管理、人事の仕事を経験後、外資系企業HRマネジャーに転身。2006年より㈱スコラ・コンサルト プロセスデザイナー。

地域コミュニティでも創発を広げるため、自然とアートに恵まれた里山・藤野(神奈川県)へ2013年末移住。特定非営利活動法人ふじの里山くらぶ理事。日本アーツビジネス学会事務局長。

1965年福岡県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科卒業。

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